”コロナ禍”という状況に救われた話。
面会制限により全面的に面会ができないことはとても寂しいし、
会って状態を把握できない分、心配は大きかったのですが、
振り返ってみると、自身にとっては悪いことばかりではありませんでした。
むしろコロナ禍で面会の頻度が減ったことは結果的に自分にとってはプラスでした。
肩の荷が下りたような。
張りつめていた糸が緩まったような。
そのような感覚に近いと思います。
自分で面会に行かないという選択をすることに罪悪感があったのですが、
状況的に”行かなくてよくなった”ということが、
自分を楽にさせてくれたように思います。
もちろん、コロナ自体は生活に様々制限をもたらしました。
友人には会えないし、旅行やライブに行くことが制限され、
ただ病院(職場)と家と病院(母の)を行き来する日々。
これはこれでつまらないですし、しんどさもありましたが、
そのしんどさが気にならないほど、
自分の時間が確保できたという感覚が大きかったのかもしれません。
あとは、気乗りしない飲み会が減って気持ち的にも楽になりました。
母の入院前までは比較的人付き合いは多い方で、
週に何人ものとの予定を入れていました。
けれど、母の体調が崩れてからは、生活が大きく変わっていました。
母が入院した当初は職場の人含めて周囲の人に話すことができていなかったので、
というよりは説明する方が面倒くさかったので話していませんでした。
なので、飲み会やら遊びに誘われては、自分がそんな状態にないことと友人たちの浮かれた誘いとのギャップに心が荒んでいきました。
理由を言わずに断ると、気を利かせてくれてリスケされてしまったり。
リスケしないで、私以外で行って来てほしいと何度も思いました。
行けない理由を言ってしまえば楽なのですが、
周囲の人に話すハードルって意外と高いなと思います。
自分にとって重要でパーソナルな内容であればあるほど。
話をする気力もなかったので、この時期は詳細を話さずに居ながら自分をコントロールするのが大変だった記憶があります。
これまで自分だけが停滞した世界に居て、周りの人の世界はスムーズに進んでいるように感じていました。
そういう心境でいたので、コロナ禍になって世界全体が同じような状態になったことで、自分の外の世界も停滞したことで相対的に救われたのだと思います。
飲み会も理由を話さなくても断れるし、そもそも飲み会とやらが開催されない。
見えないハラスメントからの解放でした。
過去を振り返ると、コロナ禍によって、実際の面会に伴う様々な負担がなくなったこと、卑屈になっていた自分が気にならない環境になったことで、
周りと比べていた自分から、自分を考える自分になることができました。
このことについて深堀すると、どんどん迷走してしまいそうなので、まだ入り口がみえるこのくらいで終わりにしようかと思います。
今回はコロナ禍の面会が自分にもたらしたこと、気づきや得たものに焦点を当てて、お話させていただきました。
次回は、面会制限期間の母の暇つぶし、入院生活を充足させたことなどについてお話していきたいと思っています。
本日も最後までお読みいただいた方もそうでない方も、ありがとうございました。
日々感謝しております。
では。