コロナ禍の面会。大切な時間を紡ぐ。
コロナがある世界になってから、様々な場面で生活様式が変化しました。
面会や入院もしかりです。
病院で働いているからこそ、より一層思うのですが、
今までなら普通に面会できて、一緒に何かを食べたり何かを見たり、
たわいのない話だってできていました。
看護師の立場で話すなら、最期のときを迎えようとしている方には会わせたい人がいたらできる限りたくさん会ってもらっていたし、
近親者には数日間遅くまで面会を許可していたり、
私も経験した”夜が山”という場合でも、院内の家族控室に泊まってもらったりして、
ケースバイケースで大事なその時を過ごしてもらっていました。
それがコロナによって一変しました。
コロナ感染患者さんが家族と会えないことはもちろんのこと、
その他入院する患者や家族にとっても大きな変化だったように思います。
その頃病院のスタッフの間ではよく、
”家で過ごしたい、家族と過ごしたいならこの時期の入院はよく考える必要がある”
と話していました。
世界や日本社会といったマクロ的に考えるなら、順守しなければならないこと。
けど、その人その人の、その家族その家族の、世界と比べたらミクロだけど、
その人たちにとっては比べられない価値がその時間にあると思うんです。
私も、母が入院中もし急変したらとか、そしてそのままもしものことがあったらとか、
色々考えました。
入院してこのまま会えなくなるなんて、入院時に想定しませんし、
それができた方なんていないんじゃないかと思うんです。
家族が入院している身でもあったので、
面会できない家族の気持ちや患者さんの気持ちが痛いほどわかりました。
何が正しいのか本当にわからなくなる日々でした。
コロナ禍の母との面会は主にLINEのテレビ電話で行っていました。
顔がみられるって本当に嬉しいですよね。
本当は声が聴けるだけでも嬉しいんですけど、顔を見て話せるっていうのはまた違う。
母は嘔気や腹痛に襲われることも多く、タイミングが難しかったり、
長く電話はできなかったのですが、
時々テレビ電話を通じてオンライン面会なるものをしていました。
緊急事態宣言が解除になった夏頃には、スマホを持たない祖父母のもとに帰り、
実家からテレビ電話をして祖父母と母の面会を実現させたりしました。
実際にその場に連れていくことが難しくても、
オンラインだったら可能性が広がります。
祖父は入院後初、約1年ぶりの対面で、祖母はクリスマス以来の半年以上ぶりくらいの対面となりました。
祖父は恥ずかしがって反応が薄かったですが(笑)
母は喜んでくれていたように思います。
そして実家では猫を飼っているのですが、母が溺愛していた猫とも面会に成功。
猫ちゃんは画面の向こうにいる母なんて気にも留めず、自由に過ごしていました。
動物との面会なんて通常できないことを考えるとオンラインてすごいですよね。
今の通信技術に本当に感謝しかありません。
直接面会ができなくても、どうやって大事な時間を紡いでいくか、試行錯誤する日々。
当り前がなくなると、人は本気で考えて新しい道を探す努力をするものだなと実感しました。
今回はコロナ禍始まりの面会事情についてお話させていただきました。
コロナが終息しない今も、面会を禁止している病院がほとんどだと思います。
今現在、入院している方やそのご家族にとって何かのためになったらと思います。
次回はそんなコロナ禍の面会が自分にもたらしたことについてお話していきたいと思っています。
お読みいただいた方、ありがとうございました。
スターを下さる方、ありがとうございます。
読者になってくださった方、ありがとうございます。
では。